曾祖母の死で、歴史を知り、現実を見つめなおす
先日、曾祖母が95歳で亡くなりました。95歳ということで大往生だったと思います。
昔の人らしくものを大切にする時代の人々だったので、遺品の整理を少ししたのですが、紙袋一つ、空箱一つ捨てずに大事に保管してありました。
そんな中でかなり歴史を感じさせるものが出てきました。
そう。軍人手帳です。
曾祖父さんは20年近く前に亡くなってのですが大事にしまいこまれていました。
その中に赤紙(緊急召集令状)が入っていました。こちらの、赤紙ですが、ちょうど終戦の直前に出されたもののようで実際に戦地に赴くことはなかったようです。
ただし、曾祖父さんはもっと前にも戦争に行っています。軍人手帳にもその旨が書いてありました。
赤紙に関しては、ドラマなどで見たことはありますが、実物を見たのは初めてです。しかも、保存状態もなかなか良く文字なども鮮明です。他の親戚の人々で70とか80近い人も多くいるのですが、実物を見たのは初めてということでした。
多くの人にとって戦争は、敗戦の嫌な記憶であり、こういったものはあまり残したがらないということもあるようで、祖母の世代でもこういったものを見たことは全くなかったらしいです。
曾祖父・曾祖母が自分と同じぐらいの年齢の時には、戦争に行っていたという事実と、この紙1枚で多くの人の人生が変わってしまっていたという現実は自分にとっては現実にはとても感じられませんでした。
また、戦地に赴くということでみなからの寄せ書きもありました。
こちらに関しては、曾祖母の棺の中に収めて火葬しました。このような寄せ書きをしなくてはならない人々の心境はどのようなものだったのかなどとても想像ができません。
また、こういった戦争や、戦後を経験してきた人々は現在の社会をどう思って生きてきたのだろう。
現在は、大量生産・大量消費の時代で、戦後のものが全くなかった時代とは全く別もの。いくら、時代が違うからといっても苦しい時代を生きてきた人々には簡単に変えられない現実だったんだと思います。
こういたものが出てきたことで、自分にとっては戦争というものは60数年前には現実に起こっていて、その時を生きてきた人がまだ多くいるという現実を再認識するいい機会になってしまいました。
現実で起こったことには違いないと思いながら、どことなくリアルには感じられない戦争というものが、実物を見ることで一気にリアルになりました。
そんな感じで、自分にとって曾祖母の死は色々なことを考えるきっかけになりました。
戦争もなく、ものにも不自由していない今の時代を生きるという事がいかに恵まれているのか。そのことを、今まで生きてきて一番感じた数日間でした。
じゃ